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ポトスライムの舟

 今日発売の文藝春秋3月号を買って、「ポトスライムの舟」を読んでみました。

 受賞のニュースが出た時に、「30歳を目前に控えた契約社員の女性の日常を淡々とした筆致で描く」というような記述があったので、まさに「年越し派遣村」に象徴される現代社会の問題点を炙り出す小説なのかなぁ、と勝手に思っていた。

 でも、実際に読んでみると、重要なのはそこではないと思った。読み終わってから、池澤夏樹氏の選評を読んで、「なるほど」と唸った。

 「小説は社会を表現するために書かれるのではない。生きた人間たちを書いて、結果として彼らが生きる社会が描かれる。そこで社会は背景であって主役ではない。」

 言い得て妙だ。まさに自分の読後感にぴったりとハマる表現が大好きな作家によって成されていたことに、少なからず嬉しさを感じた。

 ナガセはおそらく普通の良い人であり、そして、周りを普通の良い人たちに囲まれて、支えられているのだった。それは、気の置けない親友であるヨシカであり、三十路を控える娘と共に穏やかに過ごすナガセの母親であり、借りた恩をしっかりと返すりつ子であり、ナガセのために自由研究をやって送る恵奈であり、傷ついたナガセを支えてくれた岡田さんである。

 物語を通して目標となっている「世界一周旅行」は叶おうが叶わなかろうが、本当は大した問題ではないのだと思う。契約社員で生活が厳しい、不安を感じるといった部分は人物を書いた上での二次的な産物であって、決してそれが表現の中心に据えられるわけではない。全ては最後の数行に集約されていた。良い読後感だった。

 しかし、ナガセとヨシカの独身組はカタカナで、りつ子、そよ乃の結婚組は漢字・平仮名で書いているのは、何か意図的な表現なのだろうか。読んでいてちょっと気になったが、考えられうる推論は今の所、用意できていない。

 何にしろ、良い小説を書く人がいるものだなぁ、と少し嬉しくなりました。

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